お気に入りの床屋があります。


お気に入りの理由は、まず値段が安いこと。

カットのみで、1500円です。


そして時間が短いこと。

最長でも15分以内にすべてを終わらせてしまうのです。

驚異的な速さです。

(今回は時計で計ったので間違いありません)


店は20代後半と思われる無口なお兄さんが一人で切り盛りしています。

内装はシンプル、というより殺風景としか言いようがなく、

そして、このお兄さんは接客トークが苦手なのか

ほとんど話すことはありません。

美容院トークが苦手な僕にとっては、とてもありがたいことです。


「いらっしゃいませ」

「長さはどのようになさいますか」

「ありがとうございます1500円になります」

という最低限のセリフを、安いホストのような節をつけた早口で話すのみです。


ただ、いちばん肝心なカットは

あまり上手ではありません。

むしろギリギリ下手の部類に入ると思います。


それでも僕は、値段や時間の理由を抜きにしても

この店が好きです。


例えば、この店にはこんな貼紙があります。

”当店には駐車場がございませんが、車でお越しの方は、

歩いてすぐのところにアップルランドがあります”

・・・ダチョウ倶楽部の「絶対に押すなよ!」的な

精神のさらにその上をゆく名文句です。


また、冒頭に「床屋」と書きましたが、

正確には「カット専門美容院」です。

客層を見る限り、その実態は完全に床屋ですが、

無口なお兄さんは美容院のテイでやっていくことに

プライドを持っているように僕には思えます。

そして、本屋を挟んだ三軒隣に、商売敵というべき本物の美容院があります。

この美容院は、やり手っぽい店長とサバサバしたチーフと

見習いのかわいい女の子がいて、いつ行っても予約が埋まっていて、

内装も接客トークもオシャレで、まるで昼ドラの舞台になっても

おかしくはないザ・美容院というべき美容院です。

髪型に無頓着な僕が行くには、ちょっとテンションを

上げなければならない、という点も含めて。


その美容院の下にはラーメン屋があります。

このラーメン屋はいったい何を目指しているのか、精一杯気取ったラーメン屋で

店の外にも内にもサーフボードが飾られていて、

ラーメンを作っているのは、白髪混じりの茶髪のロン毛を束ねたオッサンです。

まあ間違いなく元サーファーでしょう。

味については・・・コメントを控えさせていただきます。


そんなオシャレに必死な周囲の環境下で、

この無口なお兄さんは、多少雑ではありますが

1500円でフル回転で髪を切り続けているのです。


考えすぎて頭がゴチャゴチャしているときに、この美容院に行くと、

絶妙にサバけた、ステキな気分になります。

一度経験すると、もう病みつきです。


帰り道、前述のラーメン屋の前を通ったのですが、

(今この瞬間に水道管が破裂して、

水流に乗ったサーフボードが厨房に突っ込んだら、

きっとラーメンの魂はダメサーファーから解き放たれて、

ついでにサーフボードのいい供養になるのになあ)

という妄想にふけってしまいました。